東京医科大学 微生物学分野 - Department of Microbiology, Tokyo Medical University -

HOME > 研究内容

研究内容

当研究室では、微生物学の枠にとらわれることなく、宿主-病原体-抗微生物薬の相互関係を意識した感染症の病態解明と新規治療法・予防法・診断法の創出を目指しています。

呼吸器感染症の発症と微生物の鼻咽頭への定着

市中肺炎の原因菌として最も分離頻度の高い肺炎球菌は、菌血症を合併した場合の致死率が約20%と極めて高く重篤化することが知られています。通常、肺炎球菌はヒトの鼻咽頭粘膜に無症候性に定着し、乳幼児の約半数、成人の約10%で鼻咽頭から分離されます。この鼻咽頭への定着は、髄膜炎や菌血症といった侵襲性肺炎球菌感染症の発症や、集団内伝播のfirst stepとして重要な役割を果たしています。鼻咽頭への定着成立後は、ヒト気道内で数週間〜数ヶ月に渡り生存しますが、このためには宿主自然免疫に対する回避機構を獲得することが必要です。肺炎球菌の鼻咽頭定着の制御は、本菌による感染症の発症そのものの制御と密接に関連していることから、古くより注目を集め現在も世界中で研究が行われています。我たちも過去に鼻咽頭に常在するマクロファージの肺炎球菌のクリアランスにおける重要性について明らかにしておりますが、詳細なメカニズムについては不明な点が数多く存在します。私たちは、肺炎球菌の鼻咽頭定着機構を解明することで、肺炎球菌感染症そのものを克服する新しい予防法の開発を目指し研究を行なっています。

マクロファージによる肺炎球菌の鼻咽頭クリアランス機構

(本研究活動は、長崎大学第二内科およびペンシルべニア大学微生物学教室で実施いたしました。)

感染症の重症化メカニズムの解明

 ウイルス感染、年齢、アレルゲンの暴露、喫煙、肥満、ストレスなど様々な要因によって免疫系の乱れ (揺らぎ) が引き起こされます。このような免疫系の揺らぎがある生体に病原体が感染すると、感染症が重症化することがあります。我々は、どのような免疫系の揺らぎがどのように重症化を招くか、その一連のメカニズムの解明を大きな目標としています。 

 Respiratory syncytial virus (RSウイルス) は、ほぼ100%の乳幼児が2歳までに感染し、健康な成人であればその感染により風邪の症状が出る程度で済むことがほとんどです。一方、生後6ヶ月未満の乳児や高齢者において細気管支炎や肺炎など重症化しやすいことが知られています。その原因の一つは、RSウイルス感染後の二次性細菌感染です。そこで我々は、RSウイルス感染後の肺炎球菌性肺炎の誘導メカニズムの解明を試みました。結果、RSウイルス感染によって生じる growth arrest-specific protein 6 (Gas6)/Axl シグナルが生体の免疫応答を抑制することで細菌感染を容易にし、結果的に重症感染症 (肺炎) をもたらすことを明らかにしました。すなわち、RSウイルス感染が誘導するGas6/Axl シグナルが免疫系の揺らぎをもたらし、それに続く感染症を重症化させることを発見しました (Shibata et al. J Clin Invest 2020; 下図)。

RSウイルス感染に伴うGas6/Axlシグナルの誘導と、それによる二次性細菌性肺炎の発症

 現在、これまでに我々が見出した「Gas6/Axl シグナルによる免疫応答の抑制」に着目し、いくつかの感染症の重症化モデルを用い、そのメカニズムの解明を試みています。そのうちの一つが加齢に伴う感染症の重症化です。実際、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) を含めた多くの感染症は高齢者ほど重症化しやすいことがわかっています。加齢に伴う免疫力の低下が原因とされますが、実は詳細な重症化メカニズムはほとんど解明されていません。一方、我々は最近、高齢者や老齢マウスではGas6レベルが高値であることを見出しました。さらに興味深いことに、これまでの我々の研究成果 (Shibata et al. J Immunol  2014、Shibata et al. J Clin Invest  2020) を参考に、COVID-19の重症患者ではGas6レベルが上昇することを示した研究論文が次々と発表されています。これらのことを踏まえ、加齢などに伴うGas6レベルの上昇と感染症の重症化メカニズムの解明に挑戦しています。

感染による慢性呼吸器疾患の重症化メカニズムの解明

 気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患 (COPD) などの慢性呼吸器疾患は、ウイルスや細菌による感染を契機に重症化 (増悪) することが臨床的に知られていますが、そのメカニズムは解明されておりません。我々は気管支喘息やCOPDの動物モデルを用いた感染実験を行い、その生体反応の解析を進めています。例えば、喘息マウスにRSウイルスを感染させると、感染によって気道炎症とそれに伴う気道抵抗値のさらなる亢進が認められます。我々は、RSウイルス感染によって誘導される特殊なマクロファージからmatrix metalloproteinase-12 (MMP-12) という酵素が多量に産生されることを見出しました。このMMP-12は気道への好中球の集積を伴う炎症応答を促進させることにより、喘息を増悪させることを発見しました (Makino, Shibata et al. iScience 2021; 下図)。今後、MMP-12やその産生マクロファージをターゲットとした新たな治療薬の開発が期待されます。現在、このメカニズムが 「COPDの増悪」 にも適用するか検討中です。

RSウイルス感染による喘息の増悪機構

増加する真菌症の病態解明と創薬

真菌は自然環境に存在しており、優れた発酵能力を有することから、酒、味噌づくりなど人類の生活に密接に関わりあってきた生物です。一方で、一部の真菌には免疫機能が低下したヒトに対して真菌感染症を引き起こすものも存在します (日和見感染症)。近年、高齢化や高度医療の発展に伴う易感染宿主の増加に伴い真菌症も増加傾向ですが、有効な治療薬は十分ではありません。その背景には、真菌がヒトと同じ真核生物であるため、ヒトには作用せず、真菌にのみ選択的に毒性を示す治療薬の開発が難しいことにあり、つまり、”真菌がヒトと近縁であること”が真菌症の治療を難渋させている一つの要因です。私たちはこの問題を解決するために、ヒトにはなく、真菌に特異的な因子を標的とする新規治療法・治療薬開発を最終目的とし研究に取り組んでいます。例えば、Aspergillus fumigatusは、最もヒトの健康に影響を及ぼす真菌の一つですが、他のアスペルギルス属真菌とは異なり宿主成分存在下での優れた増殖能を有しています。私たちは血清存在下で培養した菌体の遺伝子発現解析により、血清存在下での増殖に関連する候補遺伝子を抽出しました。その結果、作成した遺伝子欠損株による感染実験ではマウス臓器内での増殖能低下や感染マウスの生存率改善が認められています。このように分子生物学的手法を用いて真菌感染症の新たな治療標的の探索を行っています。

遺伝子破壊株を用いた A. fumigatus の感染実験

感染症の診断と分子疫学研究

感染症に苦しむ患者さんの予後を改善するためには、的確かつ迅速に原因菌を同定すること、そしてその結果に基づき、最も効果的な抗菌薬を適切なタイミングで投与することが重要となります。また臨床検体から分離された原因微生物の病原因子や薬剤耐性遺伝子などを特定する分子疫学解析は、病原体の強毒化や薬剤耐性化、集団内伝播のプロセスなどを明らかにし、将来の感染症予防や薬剤耐性菌対策などに有用な情報をもたらしてくれます。私たちは一般検査室では同定困難であった病原体の菌種同定や病原因子解析などの診療支援を行っています。また薬剤耐性菌の耐性機構や市中病原体の病原因子などについて遺伝子解析を中心に検討し、臨床へフィードバックする取り組みも行っています。例えば、2013年に小児の結合型肺炎球菌ワクチンが定期接種に導入されましたが、子供はもちろんワクチンを接種していない高齢者においても侵襲性感染症の発生件数が著明に減少しました。しかし一方で肺炎球菌には100種類の型(血清型)が存在しているため、ワクチンでは防ぐことのできない血清型による感染症が徐々に増加しています。私たちの行った検討でもワクチンに含まれない血清型の菌の分離が約半数を占めており、さらにその中にはペニシリン低感受性株が多くを占めることが分かりました。現在はそのような菌の病原性(ヒト細胞への付着や侵入、ヒトの免疫からの回避など)に関わる因子とその働きを研究することによって、血清型に限定されない予防や治療に応用することを目指しています。

肺炎球菌臨床分離株 (n=785)の血清型分布とペニシリン感受性